11月

泣いてばかりだった。
後半に至っては毎日泣きながら帰って、泣きながら出社した記憶しかない。週末もずっと泣いていたので、11月に限らず最近は…だめだな。

苦しい・悲しいばかりで救いなんてどこにもないように思えた。ダメダメなのも、気持ちが弱いのも、決めきれないのも、悪いのは全て私だった。

自分で選ぶこれからの未来のその先で、きっとこの選択のことを思って泣くことが何度もあるのだろう。正しい選択などどこにも存在しないのだから。


2年前に戻れたらどう生きているだろう。お花屋さんでバイトすることを選んでいるかもしれない。苦しいが分かっている関係は選ばないかもしれない。地元に帰っていたかもしれない。きっとそんなことはなくて、同じ日々を選ぶんだろうな。あの頃は谷底で、確かに私は救われていた。

 

受け入れること、離れること、新しい道に進むこと。全てにおいて過去ばかり見る私は救いようがない。だけど確かに、新しい道の未来を楽しみにしていた。
私はきっと、あらゆる選択を間違え続けていたんだ。2年経って、また谷底にきてしまった。

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社会

社会に必要とされていない実感が4カ月ほど毎日あり、ここにいても仕方がない、意味がない、居場所がないなどと考え続けている。社会で生きていくしかないのに。

今日もきっと失敗だったに違いない。私はまた、私の評価を下げたのだろう。誰かと比べられているのだろう。取り柄なんて何ひとつなくて、平凡で、ただここにいる年数だけが増えていく。苦しい。

あの頃思い描いていた大人はもっと立派だった。私は大人のふりをすることで精一杯で、何もできない。成長もしない。私などここには必要ないと自分でもよく分かっている。

これから先どうしたら良いのかが分からない。居場所のない社会に希望などないし、私自身にも希望などない。生きていて良かったことよりも、生きていて辛いことの方が圧倒的に多く、苦しい。生きることをやめることもできず、こうして辛い苦しいと言い続けるしかない。やめたい。

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誰かを大切だと思う気持ちの延長線上に愛おしいという気持ちがあるのだと思っていて、だけどそれは大切だと思われ続けた時にも生まれる感情なのかな、と感じた。どう転んでも自分のことが大切でしかないから、自分の気持ちばかり大切にしてきたけれど、初めて大切をたくさんもらって、その行動や存在が愛おしく思えた。

周りの人をよく見て理解しようと頑張っているつもりだし、人の感情に私まで落ち込むこともあるけれど、最後まで“自分はどうなる?”が消えない。救えない自分本位な人。

どこまで親しくなっても他人でしかないのに、そんな私のことを大切に思って、見返りも考えず行動できることはすごい。私にはできない“それ”が愛おしさだと本当は気付いているのかもしれない。好きって感情の本質や、大切って何だろうと、悩めば何も決められない。このまま逃げ出してしまいたいな。

 

何も無かったことに、ならない。

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暖かくて孤独

伝えても仕方ない蟠りを違う色に変えてくれるような人を手放そうとしている。私の頭の中をいっぱいにして、けれど寂しさを残すような人といる意味なんてあるのだろうか。

人混みも途端に暗闇で、冷たい蒼穹

寂しいなんて簡単に/わかりっこないよ まだ

壁を作って過ごすことは平和で暖かくて孤独。そうやって守ろうとして守れず今の暮らしがある。壁がない関係は難しくて感情が疲れてしまうことも多いけれど、侵害されない小さな世界があったよ。とても愛おしくて離れ難い世界。

この小さな世界を離れたら、暖かい孤独に棲むことになる。一度も耐えられなかった場所で私はやっていけるだろうか。自分でもわからない苦しさでいっぱいになった時、誰が背中をさすってくれるのだろう。醜い後遺症を誰が受け入れてくれるのだろう。辛いこと、悲しいこと、誰に伝えたらいいのだろう。

誰も私を必要としないことなど分かっている。自分のことは自分でどうにかするしかない。だからこそ、私はここが大切だった。

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なれない

何者にもなれないのに続ける意味を考えていて、忙しさも相まって辛くなってしまった。

夢のある時代に生まれたと思う。例えば、SNSから有名になっていく人がたくさんいるじゃないですか。同年代の子がどんどん有名になっていって、気付けば広告で見かけるようになっていた。小さなきっかけや個人の努力次第で、夢が現実になるんだなと感じる。

それでも私は何者にもなれなかった。たいして稼ぎもないし、何年も続けた趣味も未だこの程度。定期的に東京にいる意味を考え、自分がわからなくなる。こんなに忙しくしているのにどうしてなんだろう。

目指しているものがなんなのか、計画性のある努力をしているのか、などと聞かれれば答えられない程度の生き方に将来なんてないのは分かっている。自分でも分かっていて、分からない。

私は結局何者になりたかったのだろう。あの頃描いていた将来のどれが本当に望んだいたものだったのだろう。何者にもなれないまま、紛れもない大人になってしまうんだろうな。

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8月はあの頃

夢の中でさえあの日の砂浜 君を探すんだろう8月

辛く苦しい時思い浮かぶ人は誰ですか?あの人はもうそばにいない。だから私は誰のことも思い浮かばない(ことにします)。

最近は海底にいて、真っ暗だったそこに光が差し込むようになりました。思い浮かばなくとも誰かがいてくれるんだと嬉しく思った。ありのまま愛そうとすることは難しいとみんなが言っていて、だけど簡単にそれをやってしまおうとする人もいるらしい。それでもなお、夢の中で探すのは思い浮かばないことにしたあの人だった。5年も経ってしまった、どうしようもなく過去でしかないのか。

海底から出ることができないような気がしてきた。光が差しても、あの人には誰も敵わないんだし。あの日々でしか救えないから海底なのだろう。

何も分からない考えたくもない見たくもないし1人になりたい。それでも無駄なことばかり考え誰かを思う私はどうしようもないのだろう。あの日々に帰りたい。

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海藻でさえ

あまりにも辛い日々が続いていて、楽しいや嬉しいの実感がない。久々に会った友達、喜ぶ笑顔、大好きな居酒屋、初めてのバー、先輩たちとカラオケオール。楽しかったことはいっぱいあったはずなのに、無かったことになってしまった。

例えるなら、宿題の終わっていない夏休み最終日のような焦りが毎日あって、だけどそんなにキラキラした環境ではなく、暗い暗い海の底でただひとり不安で泣いているようだ。海藻でさえゆらゆら揺れて楽しそうなのに。

次の日の仕事が不安で怖くて、泣きながら眠りにつく夜ばかりになった。昼休みは何も聞きたくないし何も考えたくないから寝ている。何もできない自分のことをみんな嫌いになってしまったんだろうなと思う。もうここに居場所はない。

最近はお花屋さんのバイトがしたい。平日の昼間しか働きたくないけれど、居酒屋のバイトもちょっとしたい。派遣バイトで友達と仕事するのも好きだった。だけど私には来年への目標がある。金髪もネイルもやめたくない。大好きな人へはお花を贈りたいし、飲みに行くのも好きな所へ行くのも我慢したくない。ここで頑張るしかないんだ。居場所はないのに。

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